今日の世の中ほど人間のすることが
互いに
矛盾した時代はかつてあったであろうか。新聞紙は世間を写す
鏡であるというが、日々の新聞に出て来る記事を
比べて見ると、実に
相矛盾することばかりである。
賭博の
最中へ
警官が
踏み
込んで数名を
捕えたという記事に
並んで、十円の
債券で千円の
割増金をかち
得た
仕合せ者の
肖像が出ている。わずか十円の
才覚(注:すばやく頭を
働かせて物事に対応する能力)ができぬために母子三人が水に
飛び
込んだという
項の
隣りに、何とかの
茶碗が一万円で売れたと書いてある。一方で
支那の有名な
小説を
忠実に
翻訳すると、他方では
風俗を
害するからというてその発売を
差し止める、
兵式の
教師が
国防の
忽(注:物事をいいかげんにするさま)にすべからざることを
説くと、学生らは
国際精神に反するというてこれを
排斥する。ダンスがはやれば、
剣舞で
驚かし、祭りの
寄附金を出さぬと
御輿で店先を
毀す。数え上げたら
際限がないほどに人間社会は
矛盾で
満ちているが、さて、一体これは
何故であるか。かような世の中へ生れて来て
初めから世の中はかようなものと思うている人々には何の
不思議でもないかも知れぬが、少しく生物学でも
修めて、他の社会生活を
営む動物の生活
状態を
見聞した者にとっては、これは
確かに大いなる
疑問である。
私はこの問題を
解くために、いろいろと考えた
結果、すでに二十年ほど前に一つの
学説を思い
付いた。その
要点を
掻摘んでいえば、次のごとくである。人間は原始時代には
皆、今日の
野蛮人や多くの
猿類のごとくに小さな
団体を
造って相
戦うていた。
優った
団体が勝って
栄え、
劣った
団体が
敗けて
亡びることが
絶えず
繰り返されている間には、
自然淘汰の
結果として、社会
本能や
階級本能のような人間の
団体生活に
必要な
本能(注:動物
個体が、学習・
条件反射や
経験によらず、生まれつきに持つ行動様式)が
次第に
発達した。ここに社会
本能というのは、生れながらに社会
奉仕をせずにいられぬという
本能で、階級
本能というのは生れながらに目上の者を
崇めずにはいられぬという
本能である。これまで
団体的精神とか
服従本能とか
称えてきたが、
誤解を
招く
虞があることに
心付いたから右のごとくに名を
改める。さて、
団体間の
自然淘汰がつづく
限りは、これらの
本能はどこまでも
発達するはずであったところ、人間だけは他の動物と
違うて、何ごとをするにも道具を
用ゆるために、人間の
団体はその後、
次第に大きくなり、
終にあまり大きくなり
過ぎて、
団体間の
自然淘汰が
中絶した。その
結果として、
以上の
本能は
次第に
退化するを
免れ
得なかったが、社会
本能が
退化すれば人は
自己本位となり、階級
本能が
退化すれば人は自由
解放を
要求する。
団体生活をする者の一人一人が
自己本位になり、階級
制度で
治まっていた世の中に自由
解放を
叫ぶ者が出て来ては、いずれの方面にも
矛盾の
出ずるのは
当然で、時の
経るとともに、
矛盾がだんだんいちじるしくなり、
終に今日の
状態までに
達したのである。
以上は
私が
懐手式に思いついた
学説で、
根拠もすこぶる
薄弱であることは、
私自身も
充分に
承知しているから、その
誤りであることが
解りさえすれば、いつでもこれを
引込めるつもりである、今まではなはだ
簡単ながら何回か発表したことはあるが、あまり人の
喜ぶような
目出たい
説でもないゆえ、たいがいは
黙殺せられた、ただ小野
俊一君、川村
多実二君、土田
茂君などが、その
存在を
認めて
反駁してくださったに
過ぎぬ。しかして、これらの
諸君の反対
説を読んでみても
私の
説の
誤りであることが
私にはさらに
納得ができぬのみか、日々
見聞きする
事件はことごとく
私の
説を
裏書きするように思われ、人間生活に
矛盾の多い理由は、
私の
説によればきわめて
容易に
了解ができるが、
私の
説によらねばほとんど
解釈の
仕方がないように感ぜられるゆえ、なお一度
要点だけを
披露してみようかと考えたのである。
前に
述べた
概略からでも知れるとおり、
私の
学説は、
自然淘汰説を
基として、その上に自身
独創の
説を
積み立てたものであるから、もしも
自然淘汰説が
成り立たぬものと定まれば、
私の
説は
当然倒れてしまう。また、
自然淘汰説を
認めるとしても、人間の
団体が大きくなり
過ぎて、
団体間の
自然淘汰が
中絶し、そのため社会
本能や階級
本能が
退化したという
私の
独創の
説に対しては、
無論反対の考えを持つ人もあるであろう。されば、
私の
学説は、あたかも二階
造りの
建築物のごときもので、一階が
崩されれば
無論全部が
倒れる、また二階だけを
毀して一階を
残すこともできる。とにかく、一階がなければ、二階をその上に
載せることができぬゆえ、
議論の
順序として、まず
何故、
私が
自然淘汰説を、もっともたしからしい
仮説として
採用するかを
述べる。
世の中には
未だ
生物進化論と
自然淘汰説とを
混同している人さえある。生物進化
論とは生物の
各種は長い間には
次第に
変化するもので、
後の
子孫に
比べると
初めの
先祖は大いに
違うていたと
唱える
論であるが、このことは今日ではもはや
確かな事実として知られ、後日に
至ってまた
覆されるようなことはけっしてない。アメリカのある州では
昨年の春から、これを学校で教えることを
禁じたが、ちょうど
地動説を教えてはならぬというのと同じで、いずれも事実である
以上は、とうてい
押え通すことはできぬ、生物進化の事実を知るに
至ったのは、生物学が
次第に進歩し来った
結果であるから、
誰の
説などと名づくべき
性質のものではないが、
自然淘汰説の方はこれと
違い、生物進化の事実の
因って起る理由を
説明するためにダーウィンが考え出した
説であるゆえ、これはダーウィン
説と
称して
差支えはない。十人十色というて人の考え方は一人一人で
違うから、ダーウィンの
説に対して反対の考えを持ち
自説を発表する人も
無論あるわけで、
実際今日までに
幾人もあった。しかし、かような
学説がいくつあって、
互いに相
戦うていても、またその中のどれが勝って、どれが
敗けても、生物の進化という事実に何の
影響も
及ぼさぬはいうまでもない。先日どこかで「ダーウィンの生物進化
論を
葬る」という
演題を見たが、この中には、二つの
誤りが
含まれてある。第一には「ダーウィンの生物進化
論」であるが、前に
述べたとおり、生物進化の事実は生物学の進歩によって
次第に知り
得たことで、今日ではけっして
論などと名づくべき
性質のものでない。第二には「生物進化
論を
葬る」であるが、生物の進化はすでにあった事実であるから、これを
葬って、なかったものとすることは
誰にもできぬ。これを
葬り
得ると考えるのは、ただ
無智な者だけである。「ダーウィンの
自然淘汰説を
葬る」ならば
演題としては正しく、かつ
実際に、そのとおりの意見を持っている学者も
幾人かあろう。
自然淘汰の
大要は今日たいがいの人が知っているからくわしく
説明する
必要はないが、その
骨子だけをかいつまんでいうと、この
説は、
遺伝と
変異と
淘汰との三つの事実を
認めて、その上に立つものである。
遺伝とは子が親に
似ることで、これは目前の事実である。
変異とは同じ親から生れた兄弟でもかならず少しずつ
違うことで、これまた目前の事実である。
残るところは
淘汰だけであるが、これは生物の
蕃殖する
率と、
実際に生き
残る
子供の数とを
比べ、
生存には
競争が
伴い、
優った者が勝ち
劣った者が
敗けて、多数の中から少数のもっとも
優った者だけが生き
残ると
推断した
結論である。さて、これだけの事実があるとすれば、これに
基づいて生物の進化し来った
道筋を
容易く
説明することができる。
例えば、ここに
何疋かの
兎がいて、
狼に追われたとすると、足の
遅いものは
皆喰い
殺されて、もっとも足の速いものだけが生き
残る。これが子を生めば
遺伝によって足の速いという
性質を子に
伝えるが、
子供同士の間には
変異によって多少の
優劣があり、足の大いに速いものと少しく速いものとができる。これらがまた
狼に追われると、またもっとも足の速いものだけが生き
残って、その
性質を子に
伝える。かようなことが何代もつづけば、一代ごとの
変化はいささかであるとしても、終には重なっていちじるしい
相違が
現われ、
先祖に
比べると
子孫の方がはるかに足の速いものになる
理窟である。
以上は
簡単に
説明するために
想像の
例を
挙げたのであって、すべての場合が、このとおりに
簡単なわけではけっしてないが、この
説は、
初めて聞くと、いかにももっともに思われ、とくに動植物に
一般に見られる
適応の
性質が
発達し来った
因縁を
心持よく
了解することができるので、生物学者
仲間からは
非常に
歓迎せられ、一時は学界を
風靡(注:風が草木をなびかせるように、多くの者をなびき従わせること)する
勢いであった。
適応の
性質とは、
各種の動植物が、その生活
状態に
応じて
備えた
必要な
性質で、つねに
敵に追われる
兎の足が速いのも、生きた鳥を取って食う
鷹の
眼と
爪と
嘴とが
鋭いのも、
樹の上に住む
猿が手足で
枝を
握り
得るのも、海中を泳ぐ
鯨が魚のごとき形をしているのもその
例である。
適応の
性質を
備えていねば生きてはいられぬゆえ、いかなる動植物でもこの
性質を持たぬものはないが、これが
自然淘汰説で
面白く
説かれたゆえ、この
説はしばらくは
極度に持て
囃され、生物進化の
現象は、この
説のみでことごとく
説明せられるというて、
自然淘汰万能を
唱える学者までができた。しかし何ごとも
極端に走ると、かならず反対者が
現われるもので、
自然淘汰説に対しても、その後
種々の
攻撃の声が起り、何か新しい
学説が発表せられるごとに
自然淘汰説は
根底から
覆されたという
評判が立ち、アメリカの新聞などで見るとすでに何回
葬り去られたか
解らぬ。しからば、この
説は今日ではいかなる
状態にあるかというに、イギリス、フランス、ドイツなどの代表
的動物学者の
最近の
著書や
講演から
察すると、事の大小軽重を
慎重に
吟味して
説を立てる落ち
付いた学者たちは今でも
充分にその
価値を
認め、これを
捨てては、その代りとなるべき
学説はないと考えているようである。
私は今から二十二年前に
著した『
進化論講話』にも書いて
置いたとおり、
自然淘汰説をもってもっとも真実に近い
仮説と
認め、
自然淘汰をもって、生物進化の起った
原因の中のはなはだ重大なものと考えている。しかしすでに同書の中にも
断わっておいたとおり、
私は
自然淘汰をもって生物進化の
唯一の
原因とは思わぬ。
仮に一対の動物があって、代々
二疋ずつの子を生み、生れた子が
皆育って、少しの
淘汰もなしに、
子孫が
連綿とつづいたとしても、長い間には
次第に
変って行くであろうと考える。このことについては、横道にわたるゆえ、今は
論ずるのを見合せ、
単に
私が今もなお
自然淘汰説を
採る理由をいうてみると、それは
未だこの
説に代るべき
適当な
学説を見出さぬからである。
私はこの方面には大いに
興味を持っているから、
異なった
説が発表せられるごとにかならずこれを読んでみたが、
未だ一回も、そのために
自然淘汰説を
捨てねばならぬと感じたことはない。
多くの場合には、
論者がこの
説をあまり
狭く考えたり、
誤解したりしているのであって、もしも
真にこれを
了解していたならば、何もかれこれというに
及ばず、
双方を両立させて
置いて何の
差支えもないと思うた。
自然淘汰説を
捨てると
説明のできなくなる
現象が生物界には
無数にある。前に
述べたいわゆる
適応の
性質はことごとくそれであるが、代々
優ったもののみが生き
残って、その
性質を子に
伝えたとすれば
各種の動物に
餌を取る
装置や、
敵から
逃れる
能力がよく
発達しているのは
当然と思われ、
漠然ながらも、
一応はわけが
解ったような心持ちがする。これに反して、もしも
自然淘汰というようなことが全くなかったとすれば、木の葉と
寸分も
違わぬ
木の葉蝶や、
桑の
枝と少しも見分けがつかぬ
枝尺取りなどのごとき、
無心ながら
巧みに
敵の目を
晦ましているものがいかにして
生じたやら、全く
不可思議というの外はない。
また、
自然淘汰説を
採る
以上は、
生存競争の
際に
勝敗の
標準となった
性質が
次第に
発達し来ったと
論ずるがごとくに、
勝敗の
標準とならなかった
性質はだんだん
退化し来ったとみなされねばならぬが、その
実例と思われるものは数多く知られてある。
恐ろしい
敵がいないために
飛ぶ
必要のない所では、鳥の
翼の
優劣は
勝敗の
標準とならぬが、かような鳥の
翼は
次第に
退化する。
現にニュージーランドの
鴫駝鳥の
翼はかくしてほとんど見えぬほどに小さくなってしまった。年中
真闇な
洞穴の中では
眼の
優劣は
勝敗の
標準とならぬが、かような所に住む動物は
眼が
次第に
退化する。アメリカのマンモス
洞に住む
盲魚や
盲エビはかくして
終に
眼を
失うに
至った。このような
例はなおいくつでも
挙げることができるが、これらから見ると、
淘汰が行なわれぬ場合には、今まで
淘汰によって
発達し来った
性質もたちまち
退化し始めるのが、生物界に通じた
規則であるごとくに思われる。
なおここに一つ
自然淘汰説に
関連して
私が数年前に考え出したことがある。
誰も
未だ発表したことのない、全く
私自身の
独創的の考えであるゆえ、本来ならば
充分に思想をまとめてから
専門学上の
報告として公けにすべきはずであるが、ちょうどよい
機会であるから一言その
要点だけをここに
述べる。それは
自然淘汰とホルモン(注:生体内の
特定の
器官の
働きを
調節するための
情報伝達を
担う
物質)との
関係についてである。動物の身体
各部の間には思いがけぬ
関係があって、ある
器官に
変化が起ると、遠く
距った所にいちじるしい
影響を
及ぼすことが
稀でない。
例えば、男の子の
若い
中に
睾丸を切り
除くと、
成長しても
鬚が生えぬ。
牡鹿ならば角が生ぜぬ。
甲状腺が
不完全であると赤ん
坊がいつまでも大きくならず、
下垂体が
異常に
発達すると手足ばかりが
無暗に大きくなる。
胸線が早く
変質すると、
五六歳の
子供が大人のとおりに
成熟し、
副腎に
故障があると、
皮膚に
色素が
溜って、
唐金色(注:
青銅色。
銅と
錫との合金の色)になる。これらは
皆ホルモンの
働きによることで、
鬚や
角が生えるのは
睾丸の中にできたホルモンが
血液とともに
顎や
額まで
廻って行きそこの
組織を
刺戟するからであり、
子供が身体の小さい中に早くも大人のごとくに
成熟することのないのは、
胸線の
造ったホルモンが
生殖線まで
達して、その
早熟を
制止しているからである。かように、全身の
成長も、一部の
発達も、
付属物の
形状も、
皮膚の色も、みなホルモンの
司配をうけ、あるいは
促進せられあるいは
抑制せられている。されば
自然淘汰によってある
性質が
発達するという場合には、多くはそれと同時に、その
性質の
発達を
促したホルモンを生ずる
器官の
発達もしくは、その
発達を
止めていたホルモンを生ずる
器官の
退化を意味する。ここに
一種の
獣類があって、その
獣類にとっては、
角の大きなことが
例えば
生存競争上に
有利であったと
仮定すると、長い間には
自然淘汰によって角は
次第に大きくなるのであろうが、それと同時に角の
発達を
促したホルモンを生ずる
器官は
発達し、角の
発達をその
程度までに止めさせていたホルモンを生ずる
器官は
退化する。いくら角の大きいのが
競争に勝つに
都合がよいというても、これにはもとより
際限があることで、ある
程度に
達した後には、これ
以上に大きくなることはかえって
生存上
不利益になる。
普通の
自然淘汰だけではけっしてある
器官が
過度に
発達する
気遣いはないように思われるが、
自然淘汰によって角の大きさと同時に、角を大きくするホルモンを生ずる
器官が
発達したとすれば、
後に
至って、角が
過度に大きくなることは、あり
得べき
理窟になる。またそれと反対に、もしも角の大小が
生存競争における
勝敗の
標準でなくなったとすれば、角は
次第に
退化して小さくなるであろうが、この場合にもホルモンのことを考えに入れると、
自然淘汰の
働きの
範囲が広くもなり、かつ大いに
解りやすくなるように思う。
従来は古代の
絶滅した動物に見るごときある体部の
過度の発育や、
不用器官が
次第に
退化して
終に
影をも
止めなくなることは、
自然淘汰説によって
説明することの
困難なものの一つとみなされていたが、ここに
述べた
私の
説は、この点で
従来の
自然淘汰説の足らぬところを
補い、力を
添えて
難関を
無事に
超させてやることができる。
以上の
私が
懐手式に考えだした
独創の
理論で、
根拠の
薄弱なきわめて
頼りないものではあるが、また、あり
得べきことのように感ずるから、ついでをもって、表して
置く
次第である。
自然淘汰説に
関しては、これだけで止めとして、次に
人類の
過去に
属する
私の
学説に
移る。
原始時代における人間の生活
状態は、今日から調べてもなかなか
確かなことは
解らぬが、まず下等の
野蛮人やある
猿類に見るごとくに数多くの小さな
団体を
造り、
団体と
団体とが
絶えず
争いながら生活していると
仮定する。もっとも
絶えず
争いというても
争わぬ時が
一刻もなかったものという意味ではない。ちょうど、日本には
絶えず
地震があるというても
実際に
揺りつづけてはいないのと同じに、
烈しい
戦いは
恐らく何年目に一回かあった
位であろう。しかし、その時にはずいぶん
争いが
激烈でとくに
飢饉でもあれば負けた方は
皆食われてしもうたかも知れぬ。長い年月の間にかようなことが何回となく
繰り返され、毎回勝った
団体が生き
残り
敗けた
団体が死に
亡びたとすると、
自然淘汰の
結果として、勝った
団体をして勝たしめた
性質が
次第に
発達したに
違いない。
個体と
個体との
戦いには
優った方の
個体が勝ち、
団体と
団体との
戦いには
優った方の
団体が勝つは
当然であるが、いかなる
団体が
優って勝つかと
尋ねると、もしも他の
条件がことごとく
対等である場合には、相手の
団体に
比べて少しでも、よりよく
協力一致の
実を
挙げ
得たものの方が勝つに定まっている。しかして
協力一致の実を
挙げるには自身のことは
捨ておいて、まず
団体のために
働かずには
居られぬという
本能が、生れながらに
各個人に
備わってあることが
必要である。この
本能を社会
本能と名づける。人間のすることは、
意志によって、するかせぬかを決し、
智力によってその
方法を
工夫するように見えるものが多いから、
団体内の
協力一致のごときもただ決心一つで行なわれ
得ると思う人があるかも知れぬが、それはけっして実行のできるものでない。人間のすることを
総括して考えてみると、
意志はただ
本能の
許す
範囲内においてのみ自由で、その
以外には
出で
得ない。
智力の方も、それと同じく
途中の
理窟は何とこじ
付けても
結論だけは
初めから
本能によってきまっている。
畢竟智力なるものは
無意識的に
本能の
命令を受け、
意識的にその
方法を研究するもので、
結局、
本能の実行
機関に
過ぎぬ。
団体的精神というと、何となく、当人の
意識している部分が大いに
加わっているように聞えるが、
自然淘汰によって、
発達するのは、ただ
基礎となる社会
本能だけであって、けっして外に
現われた
意識的の
精神ではない。さて社会
本能が
次第に進歩して
終に
完全の
域に
達すると、その
団体はいかなる
状態になるかというに、それは今日の
蟻や
蜂の社会に見るごとくに、
各自はまったく社会
奉仕の
念に
満たされ、そのなすことはことごとく社会にとって
有利なことばかりである。
誰も
彼もがただ社会の
利益をはかり
皆同一の
目的を
狙うて行動すれば、その間に
矛盾の起るべき理由は少しもない。
蟻や
蜂の社会では社会
本能だけが
発達すれば、それで、
完全な社会生活を
営むことができるが、人間の
蕃社(注:台湾の先住民)では相手の
蕃社と
競争するにあたってなお一つ
必要なことがある。
蟻や
蜂が
習うことも
覚えることもなしに
誰も生れながらに、
一疋だけの仕事ができるのと
違い、人間は
幼いときには力も弱く
知慧も
足らず、とうてい一人前の
働きはできぬのが、
成長するにしたがい、他人の
真似をして
経験の
積るとともに力も強く
利巧にもなり、
初めて
完成した
戦闘員の
資格を
備えるに
至るのである。そのうえ、生れ
付きによって、
武勇抜群のものもできれば、一生
陣笠(注:
雑兵の仲間)で終るものもあろう。かように
戦闘力のさまざまに
違うものが
大勢集まって
敵なる
蕃社と
戦う場合には、たとい、社会
本能が
発達してめいめいは自分の
蕃社のために
討死する
覚悟であっても、一人一人が
随意の行動を取っては、全体としての
統一が
保てず、したがって
能率が上がらぬは明らかである。かような場合に、全体の
統一をはかり、
各員の力をできるだけ
有効に用いしめるには、
蕃社中のもっとも力が強く、もっとも
知慧があり、もっとも
経験に
富んでもっとも
戦争に
巧みな一人を
大将と
仰ぎ、
皆の者がその
指図に
従うのが一番
得策である。
仮に、ここに二つの
蕃社があって、一方の
蕃社では、めいめいが
随意の行動をとり、他の
蕃社では一人の
大将があって
残りの者はことごとくその
指図に
従うて
進退するとしたならば、
戦争していずれが勝つかはいわずとも知れている。少しく
蕃社が大きくなると一人の
大将では全部を
直接に
指図することができぬから、部下の中からもっとも
適任と
認める者を数名
選び出して、これに
補佐の役を命じ、
蕃社がさらに大きくなると、
大将の
補佐だけでは手が足らぬゆえ、さらに
補佐の
補佐を
任命し、かくして
命令を下す
側にも
若干の階級ができるが、かように
蕃社内の
制度がやや
複雑になっても
各自がおのれの目上の者に
服従していさえすれば、
蕃社はりっぱに
統一せられ、
戦争の場合にはもっとも
有効に
戦うことができる。しかしてこのことが行なわれるには、
各自が生れながらに目上の者には
服従せずにはいられぬという
本能を
備えていることが
必要である。この
本能を
階級本能と名づける。
蕃社と
蕃社とが
相戦うていたような時代が長くつづき、その間に、階級
本能の少しでも多く
発達した
蕃社がいつも勝って
栄えたとすれば、
自然淘汰の
結果として、この
本能は
次第に進歩し、
初めは
模倣、次には
服従、終りには
崇拝として
現われるに
至ったであろう。
前に社会
本能についても
述べたとおり、人間の
意志は
本能の
許す
範囲内においてのみ自由で、当人はいかに自分の勝手に考えたり行なうたりしているつもりでも、やはり
無意識に
本能の
命令には
服従している。それゆえ、階級
本能の
発達した社会では、
哲学でも
道徳でも、
宗教でも教育でも目上の者に
服従することを人生における
最上の
善とみなし、目上の者を
極度に
崇拝して、その者にほめられるのを何よりも
名誉、その者に
叱られるのを何よりの
恥辱と考える。目上の者からほめたしるしの物を
貰えば
有難くて
堪らずつねにこれを
帯びて人に
誇り、
貰えなかった
連中は、これを見て
非常に
羨しがる。
幾人か集まればいつも話の
題は階級のことにきまっている。階級
本能が
発達すると、人間の頭は生れながらに、全く階級の
観念に
司配せられ、目上の者には
服従せずにはいられず、子は親に
服従し
妻は
夫に
服従し、
幼者は
老人を
敬い、
弟子は
師匠の
影を
踏まぬ。
団体間の
競争の
結果として社会
本能が
発達すれば
各人は一点の
私心をも
挾まず、ことごとく、
蕃社全体の
利益のためのみに行動し、またそれと同時に階級
本能が
発達すれば、
蕃社内の上下の
区別が
判然と定り、下は上を
敬うて
忠勤をつくすから、その間になんら
矛盾の起るべき
道理がない。その当時の
蕃人らは何とも思わずに
暮していたであろうが、後の世から
振り返って見ると、実に黄金時代ともいうべき
状態であった。もしも
団体間の
自然淘汰がいつまでもつづいたならば、さらに
完全な黄金時代に
到着したでもあろうが、人間の
団体は、そのようにはならなかった。
人間がすべての動物に打ち勝ったのは
脳と手との
働きによって道具を作り用いたからであるが、人間
同士が相
戦うにあたっても
無論道具を用いた。他の
条件がことごとく同じである場合には少しでも
精巧な道具を用いる
団体の方が勝つ
見込が多いわけであるゆえ、長い間には道具はますます
精巧なものとならざるを
得なかったが、道具が
精巧になるにつれて、人間の
団体と他の動物の
団体との間に、大いに
趣きを
異にする点が生じた。それは人間の
団体だけは他の動物の
団体と
違いどこまでも大きくなり
得たことである。およそ動物の
団体には
種々の理由のために大きさは一定の
際限があって、それを
超えて、大きくはなり
得ない。
蜜蜂の
団体が大きくなるとすぐに
分封を始めて、いくつにも分れるのは、その
例である。人間も原始時代にはあまり大きくなることができず、いつまでも、小さいままに止まっている。
野蛮人の
蕃社が大きくならぬのは、あまり大きくなり
過ぎると、全体としてまとまりがつかず
進退に
統一を
欠き、かえって
不利益なことが起るからであろう。しかして、その
際、
統一の
保てぬ主な
原因は、
通信と
運輸との
不便である。しかるに道具が
次第に進歩し、
精巧な
器機が発明せられ、
終には
電信や電話で
命令を
伝え、汽車や自動車で
兵粮を運ぶようになると、いくら
団体が大きくなっても、
統一にはなはだしい
困難を感じない。ところで、昔から
衆寡敵せず(注:多数と少数では相手にならない)という
文句のとおり、他の
条件がすべて同じであるとすれば、一人でも人数の多い方が強くて勝つにきまっているゆえ、
団体は、
次第に大きくなり、
通信や
運輸の
便が開けるとともに、その大きさが
増して、
終に今日の文明国に見るごとき、数千万人または
数億人を数うるほどの
大団体となった。
さて
団体がある
程度以上に大きくなると、
団体間に
争いが
絶えずあったとしても、その勝負は
団体が小さかったときのごとくに
徹底的ではあり
得なくなり、たとえ負けても、ただ一部分の者が命を落すだけで、大多数の者は平気で
生存しつづける。勝った者も
敗けた者も同様に
生存しては、
自然淘汰は行なわれぬが、
自然淘汰が止めば、その時まで、
自然淘汰によって
養われ来った
性質が
退化し始めるのが、生物界に通じた
自然の
法則である。人間も
団体の大きさが、ある
程度を
超してからは、
団体間の
自然淘汰が行なわれなくなり、その時まで、
自然淘汰のために
発達し来った社会
本能や階級
本能は、その時から
退化し始め、その後は
次第に
退化の度を
増して、
終に今日までに
達したのである。
以上述べたとおりであるから社会
本能や階級
本能の
発達の
程度を
標準として
測ると、人間の
過去の
歴史は、
初めは上り坂で後には下り坂になり、その中間にはいくぶんか、やや平らな所があって、全体の形はほぼパラボラ(注:
放物線)に
似ていたろうと思われる。今日の人間は
遺伝によって、上り坂時代の
性質をなお
相応に
備えて
居りながらも、下り坂時代の新しい
性質を
重ね
備えているゆえ、同一人が考えること、なすことの中にも、
互いに
矛盾する分子が
含まれてあるを
免れぬ。また、
初め
発達した
本能が後に
退化する
程度は、
変異性によって、一人一人に
違うから、これらの人々がめいめいに考えること、なすことの間にははなはだしい
矛盾が生ずるのは
当然である。上り坂の
頃には社会
本能や階級
本能が
発達したために、人間の考えることも、行なうこともすべて、それに
基づいていたが、下り坂になってからは、これらの
本能が
退化して、その反対の
自己を中心とする
本能や、自分の頭の上に他人を
戴くことを
潔しとせぬ
本能が
芽を出し、そのために、人間の物の考え方がいちじるしく
変って来た。ただし、
誰もの考えが
歩調を
揃えて
変化して行くわけではなく、方向だけは同じであっても
遅速には
非常な
相違があって、今日でもなお、階級
本能を
多量に
備えている人もあれば、これを大分
失うた人もある。これらの人々がめいめい
勝手に物を考えれば、その考え方が大いに
相違するのはもとより
当然であって、そのため、ここにもかしこにも意見の
衝突が起る。
現代の人間生活に
現われている
矛盾は
皆かくのごとき理由で生じたものである。かように
素性が分ってみると、毎日の新聞に出て来る
無数の
紛擾(注:乱れもめること)も、その
基づくところが
明瞭になり、いずれもけっして
偶然に発したものではなく、
避けようとしても
避けることができぬ生物学上の深い
根底のあることが知れる。今日の社会の
組織は社会
本能や階級
本能が
未だ
退化しなかった
頃にできたもののそのままの引きつづきであるから、これらの
本能があまり
退化していない人間がその中に住めばあたかも魚が水の中に住むごとくに、少しの
無理をも感ぜぬであろうが、社会
本能が
退化すれば、上に
位する者はかならずその
地位を悪用して下の者を
圧制し始め、階級
本能が
退化すれば、下にある者はかならず上の者を
戴くことを
嫌うてこれに
反抗し始める。今日
到る所に見られる
新旧思想の
衝突とはすなわちこれである。社会
本能の
退化に
基づく
損失は、
全団体が一様にこれをこうむるゆえ、
誰もとくにかれこれとはいわぬが、階級
本能の
退化によって
直接に
損失をこうむるものは、
無論上に
位する者だけであるゆえ、これらは
極力、
旧制度の
維持を
計り、その
城廓に立て
籠って、下の者の
侵略を
防ぎ止めようとする。どこの国でも、
現に
権力を
握っている者は
旧思想を
尊重し、
圧迫を受けて苦しんでいる階級の者は新思想を
歓迎し、
往々極端なことを考えたり、実行したりする者が出て来るが、これは階級
本能がすでに
余程まで
退化してからでなければ
夢にも思いつかぬことである。
今日の世の中で第一に気のつくのは形式と
精神との
矛盾である。「人間万事
嘘ばかり」という古い本を読んだことがあるが、社会
本能が
退化してからの社会では
精神がすでに
変っているから、いかなる形式もすべて
嘘とならざるを
得ない。
例えば
代議士制度のごときも、本来ならば、
選挙人が自分でこの人をと思う人を
選び、その人に
頼んで代りを
務めて
貰うべきはずであるのに、今では
誰からも
頼まれもせぬ人間が自分で
勝手に
候補者と名乗り、なにとぞ
私を
選んでくださいと
有権者の家を
戸別に
訪問して、平身
低頭して
頼んで歩く。また
有権者の方では、この人をと思うような人がなかったり、たといあっても、とうてい出てくれそうもなかったりして、
止むを
得ず気に入らぬ人間に
投票するか、
棄権するかのいずれかにする。これが何で
代議制と名づけられようか。しかも
税を取りに来るときには、これは君らの
選んだ
代議士が
可決したことであるから、君ら自身が
可決したのも同じである、ぐずぐずいわずに早く出せというて
請求する。
運動費に何万円も
費すところを見れば、
当選してからかならずその何倍かの
儲けがあるものと思われるが、かような
自己本位的の
行為は、社会
本能がよほど
退化した後でなければとうてい
誰にもできぬことである。
社会
本能が
未だ
退化しなかった
頃には、一国内は真に
挙国一致で
愛国心が
充満していたろうが、この
本能が
退化し始めてからは、
愛国心も
次第に
変化して、
本能に
基づいた
無意識的のものからだんだん
智力に
造られた
意識的のものに
移って来た。つねには
容易に持ち上らぬ
箪笥が火事のときには楽々と運べるごとく、
非常の
際には思いがけぬ力が出るもので、
戦争でも始まると、今まで
隠れていた社会
本能がにわかに
働いて、国家のためには
身命を
擲つ
特志家(注:
篤志家。社会事業や
慈善活動を
積極的に
援助する人)が
幾人も
続出するが、かようなときでさえ、大多数の人々は、わが国が
敗けては自分が
困る、それゆえ
是非ともわが国を勝たせねばならぬと、心の中で
意識的に
理窟を考えた
結論の
愛国心より外は持たぬ。しかして平時には、社会
本能の
退化につれて頭を
擡げ出した
自己本位の
本能が、
無意識ながら有力に
働くゆえ、めいめいが
意識的に考えることも、
皆この
本能の命ずるところに
従うてことごとく
自己本位になり、その
結果として、口に
唱えることと身に行なうこととが全く
矛盾するに
至る。とくに
車夫が
車賃を
貰うて車を引くように、
愛国賃を
貰うて
愛国する者や、
愛国を売り物にして
強請って歩いたり
無銭飲食をしたりする
輩に
至っては、
言行不一致もまたすこぶるはなはだしい。しかして、これらは
皆社会
本能の
退化したために生じた人間生活の
矛盾である。
社会
本能が
充分に
発達すると、国内は
完全に
協力一致するが、その代りに国と国とはことごとく
敵同士となる。
蟻や
蜂の
団体では
実際そのとおりになっている。人間も小さな
団体を
造って
相戦うていた
頃には、やはり、そのとおりであったろうが、国が大きくなり、社会
本能が
退化して、国内の人々の間に
種々の
矛盾や
衝突が生じてからは、国の
勢力の大部分は国内で
消費せられ、それだけ外国と
戦う気分が
薄らいだ。国としては
相変らず
敵愾心(注:敵に対して
抱く
憤りや、
争おうとする
意気込み)を
備えていても、
個人と
個人とが
出遇うたときにかならず相
殺し合わねばならぬという
必要がなくなり、
境を
接したところでは、そろそろ平気で
交際し始めるに
至った。これはすなわち社会
本能の
退化のために、国の
箍が
緩んだのである。その後、交通の
便が開けるにしたがい、国と国との
関係が
密接になり、汽車や汽船が
到着するごとに多数の外国人が入り
込んで来るようになると、人々の考え方にもだんだんと
変化が生じ、
初め何ごとにも自国
本位であったのが、少しずつ
国際関係をも
尊重するようになり、終には、国などという
面倒なものは
廃して、
誰も
彼もが
単に世界人となった方がよろしくはなかろうかなどと考える者までが生ずる。しかしながら、
現在の世の中には、
未だ
民族の
区別もあり、国の
区別もあって、強い国から
侮辱や
圧迫をこうむることも
絶えずあるから、世界人では安心ができず、やはり国を強くして
置かねばならぬとも考える。この点においても思想が
二派に分れて
互いに
衝突するを
免れぬ。
国際の
関係が多くなり、広くなるにしたがい、
国際間の
相談もたびたび開かれ、
国際間の
約束もしばしば
結ばれる。万国
為替というような
便利なものができて、外国へ行っても
電報一本で何千円の金でもすぐに受け取れるから、地球上のどこへ行っても何の
不便もなく、あたかも世界中が一か国になったごとくに感ずることもある。これから
推して世界が真に一国になってしまうことも
不可能ではない。かつ
実際一か国になってしまえば、
戦争などという
嫌なものがなくてすむであろうと考える人もできる。しかしかような
便利な
方法も
元来が
相互の
利益のために
智力で
工夫したもので、その点では汽車や汽船の発明と同じ
種類に
属するから、けっしてこれをもって、国と国とが
仲好しになった
徽しとみなすことはできぬ。
容貌も
気質も、
風俗、
習慣もいちじるしく
違うた人間がことごとく世界人として同列に
並ぶことは、外国を
敵視した社会
本能が全く消えた後でなければ、
実現は
覚束ないようであるが、これらの点に
関してもずいぶん相
矛盾した思想が世に行なわれている。
現今の人間生活に見られる
矛盾の中に、もっとも多数を
占めているのは、階級
本能の
退化に
基づくものであろう。これも一同の者が
歩調を
揃えて
退化すれば何の
矛盾も起らぬが、速く
退化するものと、
遅く
退化するもの、多く
退化した者と少なく
退化した者とがあって、これらが同時に相
隣りして生活しているゆえ、そこにはなはだしい
矛盾が生ずる。今日の社会
制度は大体において階級
本能の
盛んであった
頃にでき上ったものゆえ、この
本能をなお
多量に
備えている人間の考えたり行なうたりすることはちょうどよくそれに
嵌まる。したがっていずれの方面でも、今日
成功する人間は
皆この
本能のあまり
退化していない
連中ばかりである。階級
本能の
退化せぬ人間は社会を
幾段かの階級に分け、
一段でも下の者は
一段でも上の者に
絶対に
服従し、その
奴隷となることを
当然として、少しもそれが苦にならぬから、
自然その間に親分と子分との
関係が生じ、親分は子分を引立て、子分は親分の
知遇(注:
人格・
能力などを
認められて、
厚く
待遇されること)に感じて、さらに気に入るように
務め、
次第次第に高い階級まで
達することができる。これに反して、階級
本能の
退化した人間は他人に頭を下げることが
辛いから、とうてい他人の子分になる
資格がなく、したがって、時の
権力者から引き立てられる
見込がない。それゆえ、いつまでも
低い階級に
留らねばならぬ。自分が
低い階級にありながら少しも高い階級の者を
尊敬する心が起らぬから、そのいうことは、
無論上の階級の人々の気に入らぬ。
新旧思想の
衝突はかようにして生ずるが、思想の
基礎となる
本能に
相違がある
以上は、何と
理窟で
責めても、考えの
一致する
望みはきわめて少なかろう。
今の世の中には、
未だ階級
本能のあまり
退化せぬ人間が多数を
占めていることは、いずれの方面を見てもすぐに知れる。社会の
制度が
階級的にできているゆえ、
公けの役に階級の
別があって、これがすこぶる
重大視せられるのは
止むを
得ぬが、それと何の
関係もない方面でも、人間に等級を
付けて
各等級ごとに
取扱いを
異にすることが広く行なわれている。有名な
坊主が地方を
巡回すると、その
入浴した湯を
竹筒に
貰うてありがたがるという話を聞いたが、およそ階級
本能の
退化せぬ人は上の等級の者と
幾分かでも
関係することがありがたくて
堪らず、せめてはその肉体に
触れた湯でも
拝もうと思うのであろう。いわゆる
英雄崇拝の心理はこのとおりである。しかし今日では、かような人間のたくさんいる中に交って、階級
本能の大分
退化した人たちもおいおい
現われ、
遠慮なく
従来の階級
制度を
攻撃し、上の等級の者に対してわざわざ
軽蔑の意を表するようになったが、そのためにも人間生活の
矛盾が一つ
殖えた。先日ロシヤの
学士院の人から
郵便物を受け取ったが、その
封筒は
帝国時代の
残り物で、表面に
皇立学士院という文字があり、「
皇立」だけはとくに
頭文字で
印刷してあったのを
墨黒々とていねいに消してあった。しかしてその
隣りのペトログラードという字をレーニングラードに直してあったのを見ると、階級の
破壊を実行した
革命派の人々でも、心の
奥には、やはり
偉人を
崇拝せずには
居られぬ階級
本能が、
依然としてなお
残っているものと思われる(注:レーニン
崇拝の表れ)。
本能の
退化がなかなか
手間の取れることはこの一事をもっても明らかである。
階級
本能の
退化せぬ人間が今もなおいかに多いかは、
馬鹿馬鹿しい
迷信が
相変らず
跋扈しているのを見ても知れる。そもそも
宗教なるものは階級
本能の
全盛であった時代に
脳の
働きの
副産物として生じたもので、神とか
仏とか
教祖とかを自分の頭の上に
戴いてありがたがるのであるから、階級
本能の
退化した人間にはとうてい
信ぜられるものではない。とくに何の
根拠もない
馬鹿げた
迷信を、ただ他人から聞いてそのままに
信ずるのは何ごとにも他人を
頼らずには
居られぬ階級
本能を
多量に
備えた人間でなければできぬことである。
怪しげな
宗教の
宣伝広告に
高位高官の人々の名前が
並んでいるのを見て、こんな
偉い人らがどうしてこんな
馬鹿げたことを
信ずるのかと
不思議がる人もあるが、実はこの
位不思議でないことはない。
現在の階級
制度の
下で
高位高官に上るのは、階級
本能の
未だ
退化していない人々に
限るが、階級
本能の
退化していないことは
馬鹿げた
迷信を
信ずる
唯一の
資格であるゆえ、ちょうどその人らが
選にあたったのである。どこの神様などと
呼ばれる
山師らがまず第一に目を
付けるのはかかる人らである。
安産の
御守りや
火除けの
御札がすこぶる
盛んに売れるのを見ても、階級
本能の
退化は一様には行なわれず、あたかも
盲腸の
虫様突起が人によって、
一寸(注:3cm)のもあれば
七寸(注:21cm)のもあるごとくに、すでにいちじるしく
退化した人と、
未だ一向に
退化しない人があり、しかもあまり
退化しない人の方がなかなかに多数を
占めていることがわかる。
階級
本能がとくにいちじるしく
退化すると、いわゆる天才なるものが生ずる。同じ
種類の植物を何千本も
培養すると、その中にかならず一本や二本は目立って他と
異なったものができるが、かような
変異を
突然変異と名づける。天才は
突然変異による階級
本能の
異常の
退化に
基づくものが多い。天才は他人のいうたことやなしたことを
真似するだけでは
満足ができず、
是非とも自分で新たに道を開いて進まねば
承知せぬが、これは階級
本能の
退化せぬ人々の
夢にも
企てぬことである。されば天才は
平均の人間よりはいくらか
価値の多い人間とみなさねばならぬが、その
実際の
生涯を見ると、多くはあまり
出世もせず、一生
低い
地位に止まり、
不遇のうちに
不平で死んでいる。かつて
大西祝君(注:日本のカントと
評価される)であったか
誰であったか、「人
生れて天才たる幸か
不幸か」と題して
論じたことがあるが、親分子分の
関係で
成り立っている階級
制度の世の中に天才が出世せぬのは
当然のことで、その理由も考えてみればきわめて明白である。すなわち天才は階級
本能が
異常に
退化しているから、他人を自分の頭の上に
戴くことを
欲せず、したがって他人の子分となる
資格がない。子分となる
資格がなければ
無論親分を持つことができず、親分を持たねば
抜擢して
貰える
望みがない。千里の
駒も一生
肥桶を
挽かされては、その天分を
発揮することができず、自分より
劣った者の出世を
眺めながら
我慢していなければならぬ。ショーペンハウエルは大学の
教授を
務める
哲学者に
帝大哲学者という
綽名をつけて、その
御用学者(注:
権力者におもねる学者)ぶりを
盛んに
罵倒したが、大学の
教授に
滅多に天才のないのは右のような理由によるらしい。研究にもっとも
便宜のある
位地を
凡庸の者が
占め、
優った者がそのため
便宜のない所で苦しまねばならぬのは一つの
矛盾であるが、右のとおりの理由がある
以上は、
如何ともいたし方がなかろう。
階級
本能の
退化には
種々の
程度があり、一方には
未だに目上の者を
崇拝せずには
居られぬ人があるかと思えば、また他方には、いかなる者でもこれを
軽蔑せずには
置かぬ人があるが、大多数の者は今日その中間に
位する。しかして、これらの人々の階級
本能の
退化は、年々少しずつその度を高めて行くようである。その
結果は毎日の新聞紙上に出てくるとおり、下の者が上の者を
敬わなくなることで、けっして昔のように何ごともご
無理ごもっともでは通さず、少しでも自分らの
得にならぬことにはたちまち
同志を集めて
反抗する。子は親に対し、
生徒は
教師に対し、
傭人は主人に対し、
労働者は
資本家に対して一歩も
譲らぬ
態度を
示し、そのため、
紛擾の
絶える時はない。しかしてその
紛擾は、階級
本能の
退化とともに、今後も
次第に
殖え、
解決もだんだんむつかしくなり行くように見える。
以上述べたとおり、今日の人間生活には、
限りなく
矛盾が
含まれてあるが、これは何と
解釈すべきであるか、他の人々の考えは知らぬが、
私一個の
学説によれば、これは
当然かくあるべきはずで、実は
矛盾でも何でもない。
矛盾の生ずべき理由がないのに、しかも
矛盾が生じたのならば、これこそ真の
矛盾であるが、
矛盾の生ぜざるべからざる
原因があって、その
当然の
結果として、
矛盾が生じたのならば、これは少しも
矛盾ではない。前に
述べたとおり
私の
学説によれば、人間の
過去の
歴史には社会
本能と階級
本能とが
発達した上り坂の時代と、その
退化した下り坂とがあり、
現今はその下り坂の
途中にあってさらに下に向って
降り行く所である。今日の人間をかような
歴史の所有者として
観察し、
本能退化の
程度が
各個人によって一様でないことを
考慮すると、その生活に
現われる数多くの
矛盾は、いずれもかくあるべきはずで、とうてい
避けることのできぬものであったことが明らかに知れる。
昔からいつの代にも世は
澆李(注:世の終わり)であるとか、世が
末になったとかいい来ったが、
私の
学説によればこれは
実際をいうたもので、けっして
厭世家(注:人生を
価値のないものと思っている人)の
感傷的な
嘆息のみではない。二千年前も千年前も、百年前も、今日もいつもその時が世の
末であるというのはすなわち全部が下り坂であったからである。階級
型の社会を
造っている動物に社会
本能と階級
本能とが
退化すれば、その生活に
破綻の生ずるのは
当然のことで、
退化の度が進むにしたがい、
破綻はますます
顕著にならざるを
得ない。社会
本能が
退化すれば、
相互扶助の行動が
減って、
自己本位の行動が
増し、階級
本能が
退化すれば下は上を
敬わずいよいよ
治め
難くなって行く。その時に
澆季という昔を今から
振り返って見れば、今の
澆季よりは
人情風俗に、はるかに
奥床しいところがある。
憂しと
見し世も後に
恋しくなることは千年前も今日も
変りはない。思想の悪化ということは、生活
難などのために、
近頃になっていちじるしく目立ち始めたかも知れぬが、実は何千年も前からすでに
緒が開かれてあったのである。
本能の
退化ということに心づかぬ人たちは、社会生活に何らかの
破綻が
現われるごとに、これを
制度に
不条理な点があるためと
解釈し、その
改革をはかった。もとより階級
本能の
盛んな
頃に
造られた
制度は、この
本能の
退化につれて、おいおい
時勢に
適せぬものとなったから、これを
適当に
改正することは
必要であったろうが、
制度さえ
改めたら、それで社会生活が
完全に行なわれると考えるのは
大間違いである。いくら
制度ばかりを
改良しても、
肝心な社会
本能が
退化しては、めいめいの
了見が
自己本位的になるために、
満足な
結果は
得られぬ。何度も
姑息(注:一時しのぎ)な
改良を
施しても社会生活が
相変らず思うようにならぬのを見て、これは一回全部を
覆して
根底から新たに
築き直さなければ
駄目であると考える人も出てくるが、かような人が
殖えると
実際に
革命が行なわれるに
至る。しかし
革命が行なわれた後の
状態は
如何というと、一時だけ
幾分か
胸の
透いた感じはあるかも知れぬが、社会生活の
不完全なことは、やはり
従前のとおりで苦しさは
増すばかりである。これでは
革命などはなかった方がましと考える人が
無論出てきて、これが
相当な数に
達すると、
革命派を
倒そうと
企てる。
革命の直後にいつもかならず
反革命の起るのは右のごとき理由による。階級
本能が
復旧せぬ
限りはいかなる
改革を
試みてもとうてい
理想的な社会生活に
戻すことはできぬ。
社会生活の
破綻がだんだんと
顕著になってきては
誰も
彼も苦しみに
堪えぬゆえ、何とかしてこれを
押え
防がなければならぬが、その役にあたったのが教育家と
宗教家とである。その中で
宗教家の方は、階級
本能の
盛んであった
頃にはすこぶる
勢いが強くて、ほとんど
抵抗し
得る者がなかったが、この
本能の
退化とともに
次第に
衰え、しばらくは上に
位する者の手先となって
服従と
諦めとを
説法しつづけた後、今日では、とうてい昔の
面影はなくなった。もっとも今の世の中にも階級
本能のあまり
退化せぬ人間はたくさんにあるゆえ、
宗教家の
働く
範囲も
未だ
相応に広くはあるが、この
本能は一代ごとに少しずつ
確かに
退化して行くから、今後はけっして昔のごとくには
働けぬに定っている。
残るところは教育家であるが、これまでの
成績から
判断すると、社会生活を理想に近づけるために、何ほどの
効果を
挙げ
得たやらすこぶる
疑わしい。教育家が次代の人間をいかようにも注文どおりに
造り
得るようなことをいうのを聞いては、いささか
片腹痛く感ぜぬでもないが、社会
本能や階級
本能の
退化に
基づく少年青年の
悪変化を、世間では
皆教育の行き
届かぬ
結果と
解釈し、その
尻をことごとく教育家のところへ持って行くのを見ては大いに
同情に
堪えぬこともある。教育家の今後の
務めは、
無意識ながら有力に
働く社会
本能や階級
本能の
退化に対し、
智、
情、意の
意識的訓練によってその
欠陥を
補い
繕うことであるが、それがいかなる
程度まで
成功するかは、今後の世の
成り行きを見て
初めて知ることができるであろう。
(大正十四年十一月)